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聖なる泉と輝く宝珠と。
歌姫の紡ぐ聖歌が起こす、奇跡の輝きの中、
山の神殿に奉納される不思議な宝珠を巡ってのこと、
歓楽街の顔役が何事かを企んでいたというのは表向きの陰謀で。
意外や意外、
実は もう一つ陰から糸を引く“黒幕”がいた、
二段構えな事態だった…ということさえ。
一応の用心として織り込み済みだったらしい、
我らが頼もしき 麦ワラの女性陣だったのだけれども。
不意打ちを受けてのこと、
その場へ萎えたように屈み込んでしまった相方の異変へ、
「ロビンっ!」
それまでそれは明るくいたナミが、
悲痛な声を張り上げながら手を延べる。
小さな島の、されど神聖なお祭り。
こんな大変な航路のただ中でも、
暮らす人たちの大半が日々誠実に過ごしておいでの、
それもまた奇跡のような場所だけに、
つまらない妨害で潰されちゃあ気の毒だと。
こっちも報酬目当ての旅人を装い、話に丸め込まれた振りをした上で、
出来るだけコトを荒立てないよう、謎解きをして差し上げたものの、
『この大岩戸を開けたがってたのは、あなたの方。
しかも、こんなややこしいカモフラージュまでしてだなんて。
一体何が目的なのかしら?』
宝珠はこの島でしか意味をなさない、単なる白石。
大岩が蓋のように載っかったこの井戸にしても、
ここからどこかへ運び出せるものじゃなし。
からくりを知りたかっただけ?
子供じゃあるまいに、ただそれだけってのも不自然じゃない?
一体どんな事情、いやさ、必要に迫られて、
結構 強かそうで腕も立ちそうな男が、
こんな片田舎の酒場で用心棒の振りをしている?
訊いた話じゃ一昨年からという足掛け2年も掛けて、
素性を隠し、気配を消し、
そうまでして此処へ居続けたのに、
昨年はその望みを果たせなかったらしい何か。
もしかして、
彼しか知らない秘密が隠されているのかも?
それを手に入れるまで、ここに居続ける彼なのだったら、
いっそアタシたちで、引導を渡してあげましょうとばかり。
不思議の謎を解くことで、
彼がどんな行動に出るかを見届けようと構えたのだけれど。
向こうもさすがに、こちらの素性には気づいていたらしく、
不意を突かれての海楼石のついた捕捉具を使われた。
『海楼石つきの投げ分銅さ。
網を射出する銃ともなりゃ嵩張るが、
それだとバネ式で弓を張れる、この特製ボウガンで撃てるんでな。』
至近から、それも素早く射出出来るようにと、
棍棒に仕込まれてあったらしいボウガンで、
ロビンの腕を封じられ、しかも。
彼女が迂闊にも隙を作ってしまったその原因、
向背の茂みが騒いだそこに、
別行動していたらしい、タリオーヌの仲間とやらがやって来ていたようで。
彼らが同行させた人物というのが、
選りにも選って、
「…あなたはっ。」
二の腕を掴まれて引き立てられるように、
いかにも強引に力づくで連れて来られたらしい、
白無垢の和装へと着替えておいでの、
「さんっ?!」
宝珠の奇跡を起こせる波長の、特別な歌声の持ち主にして、
ちょっぴり負けん気の強い、イマドキの歌姫様。
それが…何が何だかという混乱に翻弄されてのこと、
眉を寄せての硬い表情でおいでなものだから。
本当は伸び伸びした素直な少女だのにと思うに、
気の毒なくらい痛々しく見えたほどであり。
そんな彼女の登場に、遅ればせながら目をやって、
「おう、首尾よく運んだらしいな。」
それは鼻高々という語調にて、
黒づくめの用心棒もどきが威勢のいい声を立てる。
宝珠のからくりを解いたことや
今日のこの場への警護をあっさりと帰らせたことを
ご披露くださった、知恵者な女海賊二人。
報酬目当ての協力だと思わせといて、
実は…本当の黒幕にも気づいていたし。
どこをどうほじくっても大したお宝とは思えぬ、
聖なる宝珠と神殿の井戸。
一体何が目当てか言いなさいと、詰め寄られかかっていたところ。
「自分たちさえ孤立させることにも通じると気づかずに。
人払いをした小利口さを、さも自慢げに ひけらかしてやがってな。」
海楼石という隠し球にて、此処に至っての形勢逆転。
たちまち窮地に陥った彼女らなのへ、
酷薄そうな口元を引き上げて、
薄ら笑いを浮かべて見せた、タリオーヌとやらだったのだけれど、
「きっさま〜〜っ!」
へらんと笑った立ち姿へ向けて、
漆黒の弾丸がぎゅんっと飛んでった威力の凄まじさ。
え?とか へ?とか、呆気に取られ掛かった感情に添うての、
目元だか頬だか口だか、表情筋の始動よりも先んじて。
黒い革靴が先頭という、実に判りやすい超飛び蹴りが
ひゅんっと風を切っての飛んで来て、
あっと言う間に的へと命中。
「……っっ!?」
これもまた
“ぐあっ”とか“ぎゃあっ”とか叫びたかったトコだろに。
若しくは、何だなんだと戸惑ってみたかったことだろに。
あまりの速さとそれから、
得物の棍棒がボウガン仕様になってたことが災いし、
防御の手立てもないまま、
お顔に真っ向から飛び込んで来た男性サイズの革靴の底を、
鼻と口と顎で喰らってしまった彼であり。
「失敬だぞ、この野郎っ。ロビンちゃんとナミさんに謝らんかっっ!」
「サンジ、意識飛びかけてるからそれは無理だ。」
びしいっと指さしての宣言だったが、
見事に蹴り倒されて、
石畳へ仰のけ様に横たわっている黒い男には、
そんな抗議も届いているやらいないやら。
そしてそして、
そこを指摘した“合いの手”を打った黒髪の童顔船長の存在に、
ほおとやっとの吐息がつけた反動か、
「もうっ、ビックリしたじゃないの。」
悪魔の実の能力者から気力も体力も剥ぎ取ってしまう、
何とも忌々しいばかりのアイテムに、
不覚ながら捕らわれてしまった考古学者のお姉様から。
遠心力でぐるんぐるんと、
細い手首へ巻き付いてしまった革紐の部分をほどきつつ。
「そっちは任せてたってのに、
此処へまでちゃん連れて来てどうするかな。」
彼女の姿へこそ、どんだけビックリさせられたか。
一番冷静なロビンまでこの始末だったのも そのせいだったのよとの憤懣を、
安堵したからこその強い調子で非難するナミであり。
「いやあの、ナミ…さんでしたっけ?」
酒場の推薦枠に入ってた歌姫候補…とだけしか面識のない嬢が、
なぜだか恐縮そうな及び腰で声を掛けてたりし。
禊斎のため、入り江の社にいたはずのお嬢さん。
そこを襲撃されたか、怪しい輩に無理から引っ立てられて来た…はずで。
そうと思ったからこそ、冷静なロビンもハッとしてしまったというに。
だがだが、よく見りゃあ、
拘束されているように見えた手首も、
装飾のない、対のブレスレットを通していた手首同士が、
たまたま重なっていただけの、
ナミやロビンの単なる見間違いだったらしく。
その手を“まあまあ”と宥めるように仰ぐ仕草で振って見せ、
「確かに、おっかない人たちがいきなり社へ飛び込んで来たんで、
アタシも皆もビックリさせられましたけど。」
それもほんのついさっきの出来事なのでと言いたいか、
純白の小袖の胸元へと手を伏せ、
ドキドキしたこと、強調し。
「でも、そこへ続けざまに
ルフィやゾロさんや、皆さんが駆けつけて下さったから。」
タリオーヌが仲間だと思った、さんの腕を取ってた男衆は、
社へとなだれ込んで来た怪しい輩からむしり取った、
上着や帽子や鉢当てという武装をちゃっかりと借用していた面々で。
「あんなもんで見間違えるもんなんか?」
「2年も離れてたって言うしな。」
「顔は伏せて隠してたしな。」
それにしたってよと、何が不満かちょっぴり口元を尖らせている我らが船長と、
うまく行ったんだからよしとしなと宥めているのが、
落ち着き払った態度も堂々とした、緑頭の剣豪殿で。
連中の親玉を蹴り飛ばして多少は気が晴れたのか、
自分こそかりかりと怒り心頭だった金髪のシェフ殿も、
慣れぬボルサリーノを頭から取ると、
忌々しげに そぉれっとどこぞかへ放り投げ捨てる徹底振りだが。
そんなこんなという小道具だけで誤魔化せたのは、
「よほどのこと、自分の立ててた策略に自信があったんだろうな。」
そんなお声を出したのが、後から駆けつけた皆とは反対側、
問題の大岩戸の井戸の向こう側からにゅうっと立ち上がったフランキーで。
「此処が神殿だと本気で思ってたようだしよ。」
…………はい?
「途中途中で地図を広げるって演技を交ぜたもの。」
やっと外れた海楼石つきの投げ分銅、
えらいものを持ってたものねと苦笑をし、
拘束されていた手首をさすっているロビンが、ぐるりと周囲を見回して。
「少しずつ進路をずらし、道をずらししていたこと、
まるで気づかずにいたようだったし。」
道なき道や木立を通り抜けるおりなどに、
少しずつの誤差を積み重ね、
本当の神殿よりも標高の低い空き地に設けたのが、
実は偽物のこの神殿だということが。
騙し、騙されている振りをし合ってた、彼らの勝負の詰めの詰め。
ロビンやナミの側の最終的な切り札だったわけで。
「誘い込みの技も素晴らしかったのでしょうが、
本物を見慣れていたはずの彼らが誤魔化されただけの舞台を
一晩で作ってしまわれたフランキーさんも素晴らしかったということでしょう。」
どこで仕入れた小道具か、
赤丸が真ん中に貼られた扇を開き、
やんやと囃す仕草としつつ褒めちぎったのがブルックならば、
「よせやい、照れるじゃねぇか。」
照れててそれかと周囲が笑ったほど、
ど〜んと胸を張ったのがその功労者のフランキー。
というわけで、
本当の黒幕、タリオーニが欲していた、
小さな宝珠石で大きな岩戸が開く、
奇跡の秘密を紐解いた…かに見えた運びそのものが、
舞台そのものが偽物でしたという大芝居だった訳であり。
「でもって。この石だけは本物と。」
さすがに…殺気立ってた騒ぎの中、
ロビンが手を放した音叉の響きもやんでの、
もはや光り輝いてはないそれだけれど。
沈黙していても結構な存在感があるよに見えるのは、
不思議な力を目の当たりにしたせいだろか。
「…と言いますか。
神殿の大岩戸と同じ仕組みを、よくも作れましたよね。」
説明もそこそこ、
もしかしてこちらが危険なほうへ雪崩込んでないかとの用心から、
悪いが一緒に来てくれと、連れ出されたさえ、
いやに近かったけど神殿じゃないのと驚いたほどのシチュエーション。
祠も柱も石畳も、勿論の主役の岩戸も、
ほとんどが自然物だというに。
そのただ中に立っていても、違和感がないまでの造形の一致は素晴らしく。
しかもしかも、誰も手を触れてないのに、
こうまで大きな岩が、やはりゆったりと動いていた様子は圧巻だったと。
途中から見た格好のにも、例年の舞台と同じに見えたようであり。
………………って、何かいきなりの急転直下すぎて。
当事者の皆さん以外は、
何が何やらと事情が飲み込めてないんですが。
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*頭数が多いので、役目を振るのも大変で。
ヒロインさんが目立たない展開になっててすいません。
ドリー夢にした意味合いが薄いですよね、これじゃあ。とほほん

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